考えるのがイヤ。もうどうしようもないくらいネガティブシンキングになる。
本音を言うと助けて欲しいんだけど、こういうコトに限って他人は頼りにならない。つか、他人が頼りにならないカテゴリっていうのが存在する。こういった苦悩(自己完結型のお悩み)が人生において一番厄介なんだという認識が俺にはある。だから、基本的に、マジメな話、人間には社会との接点が保てるギリギリの他人しか必要ない(少なくとも現代社会を生き延びてゆく上では、という話)と考える。えっ?彼女?エロゲで十分ですよ。
まあ彼女もいたことないしエロゲもやったことないからわかんないですけど。必要か必要でないかでいうと、どっちかってゆーと不必要なんじゃないかと。そう思ってるだけ。結局のところ、一番ツライ時に力になってくれないなんて存在が近くにいても邪魔なだけじゃない。親にしろ、恋人にしろ。邪魔。友達が少しいれば、十分。
そんなことを考える20過ぎのオサーンですよ。
で、何でこんなこと書いてるかっていうと、何か作業してないとキッツーい現実と向き合わなきゃならないから。問題に対する解決策を実行に移さなきゃならないから。それが嫌だからせめて違うことで自分を騙し、熟練することで他人に対する優越感(俺はAは出来ないけどBならお前よりできるぜ!!的な)を得る。
フロイトで言うところの・・・・・転換!?(違う?ww)
何度も同じことを書いてるような気がするけど、問題解決のためのタスクを実行に移さないって言うのは俺のタチの悪い性質なんですよ。多分世の中の「仕事ができない人間」の半分以上がそんな人間なんじゃないかな?プロセスは既に確定しているのに実行に移さない人々。これが先日言った「社会によって搾取される社会的資源としての人々」なんじゃないかなとも思う。まあ全てがこんな人間じゃないと思う(そらやむにやまれぬ事情がある御仁の方が多いのかもしれないけど)んですけれども。
で、小説を読んだりしたい(雨音とか大好きだし)んだけど、いかんせん小説だと雑念(タスクを実行に移せ!という理性からの伝言)が五月蠅くて集中できない。仕方無いのでアニメみたり、映画観たりしてます。耳と目から情報を与えてやれば大体思考は止まるもんです。ごく個人的な体験に基づく法則ですが…
つーわけで、雨。
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